かつて、広島三育学院中学校・高等学校通信の『やまびこ』の巻頭言で、当時の校長尾上史郎先生が次のような記事をお書いておられました。
ひびのをしえ 校長 尾上史郎
福沢諭吉の「ごっど」
一万円札に載っている人物といえば慶応義塾を造った福沢諭吉ですが、彼は維新前後の混乱の中で強大なキリスト教国によって日本が植民地にされてしまうのではないかという事をとても恐れていたそうです。この国を守らなくてはという強い信念が、彼をキリスト教排撃論者にしていたといわれています。
先日、「聖書を読んだサムライたち」という本を読んでいましたら、その中にこの福沢諭吉が自分の二人の息子たちの道徳教育のために書いたと言われている「ひびのをしへ」(日々の教え)というものの文章が出ていました。そこには驚きの内容が書かれていました。
「てんとうさまをおそれ、これをうやまい、そのこころにしたがうべし。ただしここにいふてんとうさまは、にちりんのことにあらず、西洋のことばにて『ごっど』といひ、にほんのことばにほんやくすれば、『ざうぶつしゃ(造物者)』というものなり」。「世のなかには父母ほどよきものはなし。父母よりしんせつなるものはなし。父母のながくいきてじゃうぶなるは、こどものねがうところなれども、けふはいきて、あすはしぬるもわからず。父母のいきしにはごっどのこころにあり。ごっどは父母をこしらえ、ごっどは父母をいかし、また、父母をしなせることもあるべし。てんちばんぶつなにもかも、ごっどのつくらざるものなし。こどものときよりごっどのありがたきをしり、ごっどのこころにしたがうべきものなり」。
もちろん、ごっどとはGODのことであり、創造主としての神をさしているのです。まちがいなく彼は、この文章を書くにあたり聖書を読んでいたのだろうと思われます。
クリスチャンでない者による聖書教育
福沢諭吉自身はクリスチャンではありませんでしたが、この教えで学んだ長男はクリスチャンとなり、3女、4女もクリスチャンとなりました。孫の代ではさらに多くのクリスチャンが生まれました。また、諭吉の二人の姉もクリスチャンとなりました。
彼のような例はめずらしいと思われるかもしれませんが、クリスチャンでない者を通して聖書の教育を受けるという経験が日本では色々な場面でありうるのではないかと感じています。キリスト教の信者ではないとしても聖書の教えを大切にしている日本人は実は大変多くおられるように思います。聖書は人を変える力を持っています。高校の第33回卒業生を送り出して願うことは、どの様な世の中になろうとも、真理を求める姿勢を持ち続けてほしいということです。クリスチャンにとっても、そうでない子どもたちにとってもここで聖書と出会った事の意味を噛みしめる時が必ず来ると確信しています。
「わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう。主はあしたの光のように必ず現れいで、冬の雨のように、わたしたちに臨み、春の雨のように地を潤される」(ホセア書 6章3節)。