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2006年5月 第234号                                         
 
  備えられた主の道
         
 SDA教団伝道局長・牧師会長 海老原 行男    
     
 東京中央教会の皆様、このたびの総会で伝道局長という大任を仰せつかりました海老原行男です。無力な者ですが、皆様とご一緒に楽しく希望をもって信仰の道を歩み、主をたたえてゆきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
 私は不思議な主のお導きによってSDA教会と出会い、1976(昭和51)年に姫路でバプテスマを受けました。今年は信仰30年という節目を迎えました。これまで導いてくださった主に何とも言えない感謝で胸がいっぱいです。
 もともと、私は宗教嫌いの人間でした。宗教に対してたいへん否定的な考えを持っていました。「宗教に頼るようになったら人間おしまいだ」「宗教は弱い者のものだ」「人生は自力でがんばって切り開いてゆくものだ」などと、勇ましいものでした。何かあっても人に頼らず、とにかく不屈の精神でがんばるのが男だ、などとうそぶいていました。
 当時の私の仕事は建築設計でした。中学の頃から建築の仕事をしたいと思い、神戸の大学を出ていよいよ社会人というとき、私は希望していた大阪の大手の設計事務所試験に落ちてしまいました。ゼミの教授にその旨を話すと、じゃあ、僕の友人の設計事務所を紹介する」と言われ、姫路に行くことになったのです。私にとっては都落ちのような気分でした。しかし、神の御計らいは人知を超えた素晴らしいものでした。思ってもみない姫路で、私は人生の大転換をすることになるのです。入社2年目に、海外勤務の可能性があることから、私は英会話を勉強することにしました。そこでたまたま行ったのがSDA英語学校だったのです。底抜けに明るく、屈託のない学生宣教師との交わりは、私の毎日を実に楽しく生き生きとしたものへと変えてくれました 会社が終わって英語学校に行くのが楽しみになりました。そして、いつしか、質素で何の飾り気もないのにいつも満たされている教師たちの人間性に引かれてゆきました。
 やがて、彼らの明るく、確信を持った生き方は聖書を基とした信仰によるものであることがわかり、信仰に対する偏見がスーッと消えてゆきました。そして、気負って、弱みを見せず、かっこよく生きてゆく生き方でなく、質素でも心の底からわきあがる喜びのある生き方を味わうようになったのです,聖書を通してイエス様を知れば知るほど、心は喜びにあふれ、バプテスマを受けたいと思うようになったのです。後からわかったことですが、英語学校では私のために熱心な祈りがささげられていたそうです。神のあわれみによって救われたばかりか、バプテスマの1年後には神学校に進む道も備えられました。更に、英語学校で今の家内との出会いも与えられたのです。
 私は建築が天職と思っていましたが、神のお考えは違っていました。大阪で働きたかったのですが、神の備えられた場所は違っていました。私は自分で立派に生きてゆきたいと思っていましたが、神は神にすがって生きる道を備えてくださいました。私の考えはことごとく退けられましたが、神はこの地上でもっとも素晴らしい信仰の道へと私を導いてくださいました。これからも主の備えられた道を歩みたいと願っております。             
                                                                                                      






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