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2003年9月 第201号
                                      
   「洞爺湖(とうやこ)にて」

               東京中央教会長老 金子 盾三  

 「イエスは世の終りまで悩み給うであろう、その間中は眠ってはならぬ」というバスカルの言葉を牧師より贈られて、私たち夫婦は結婚した。この夏、三十二年振りに、新婚旅行で立ち寄った北海道の洞爺湖を家内と訪れた。
 日本海と湖を見ることのできる山の稜線(りょうせん)に立つホテルはすばらしかった。到着後間もなくホテルの窓から眺めた日没はこの世のものとは思えないほど美しかった。幾重にも重なった山なみをピンクや紫に染めながら、夕日は雲の向こうに消えていった。温泉で疲れを癒し、美味しい食事を朝の光の中でいただいている時、「天国ってこういう所だと思う」と家内に話しかけていた。ホテルを出る朝、全面ガラス張りの湖を見渡せるロビーで、ハープの演奏を聴くことができた。私は「まさに天国だ」と、心の中でまたもやつぶやいていた。
 私の父は、三十代でこの洞爺湖畔に結核サナトリウムを開設している。ログハウスに住み、サナトリウムにはプールのような温泉があった。父は私の姉や兄が学齢に達するまで、この地で医師として働いた。
 この美しい自然に恵まれた温泉郷が有珠山(うすざん)の噴火で突如として苦境に陥ったのは、三年前のことである。今回の旅行で西山火口を見る機会があったが、いまだに白い噴煙を上げる火口や地熱で、近寄れない区域があった。火山弾や地表の隆起・陥没で破壊された建物・道路がそのまま残っており、当時の惨状を伝えていた。
 数か月にわたる避難生活を自ら経験されたらしい地元のガイドの方は「このような災害に遭った時には、失った物を数えるのではなく、残った物を数えて、自分に今、何ができるかを、どんな小さな事でもよいから、考えて下さい」と、若い見学者に切々と訴えていた。帰途、洞爺湖から高速道路に入る料金所で、通行券と一緒に渡されたものがあった。付近で収穫した無農薬のプチトマトを入れたビニールの袋であった。「洗ってありますから、そのまま召し上がって下さい」と、係の方は優しく言った。災害地ならではの心遣いなのであろうか、心温まる瞬間であった。
 テロの恐怖、凶悪な犯罪、災害、感染症など、私達は日々、不安に取り囲まれている。「また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう」(マタイ24-12)と言われた時代に生存している。私はこの世界の悲惨さを目にするたびに福音の美しさと力に心が()かれる。あの美しい夕日を眺めたホテルにもチャペルがあり、その外に十字架が立っていた。私達を悲惨さの中から救い出すものはキリストの十字架以外にないと思う。
 「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」と言われたイエスに信頼して歩んでゆきたいと思う。(ヨハネ16-33)





                                                                                                      






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