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2003年5月 第197号


「ご挨拶に代えて」
東京中央教会牧師 長池 明夫

 二十数年前、当時私は、都下の田無市(現西東京市)に住んでおり、バスと電車を乗り継いで、求道者として、この教会に通っておりました。そして都合二年ほどののち、皆様のご厚情や励ましにあずかり、わすれもしない3月21日、珍しく朝から雪の舞う寒い安息日でした、六名の方々と一緒にバプテスマを受けることができました。バプテスマ槽に身を沈めたとき、思いの外お湯(?)が冷たかったので一層厳粛な気持ちにさせられたことを、今でも鮮明に覚えています。
 しかし、慌ただしくも翌々週には三育学院神学科に入学し、生活の場を大多喜へ移しましたので、実質的にはこの原宿での教会生活がなく、そのことは長く心残りとなっておりましたが、このたび神様が、このような形で導いて下さいました。三育学院を卒業後しばらく、教団で広報(主に『アドベンチスト・ライフ』の編集)を担当しておりましたが、次第に牧会への想いが募り、牧師としての道を歩むことになりました。天沼、立川でのインターンを皮切りに、横須賀・鎌倉、秋田・青森、福島県下の諸教会を歴任させていただき、このほど母教会へ帰って来た次第です。さしずめ鮭が孵化して河を下り、大海を回遊してまた生まれ故郷へ舞い戻って来るのに少しばかり似ているでしょうか。
 さて、私は九州は長崎県のと或る小さな城下町の出身です。そこではかつて夥しい数の切支丹が迫害を受け殉教していった悲しい歴史を持つ一方で、それ以前には数多くの天主堂やセミナリオも建立され、切支丹の文化が豊かに栄えた時代もありました。その良き時代のエピソードを題材に「感謝」というテーマで礼拝を担当させていただいた翌週のことでした。教区長から電話で、東京中央教会への配属の辞令が申し渡されたのでした。
 しかしそのときには、その辞令を素直に「感謝」して受け入れることができなかったのです。それにはいくつかの理由がありましたが、最大の理由が、果たしてこの私に中央教会の牧師が勤まるのだろうか、という懸念でした。それで、返事を保留にしたまま、決心がつきかねていたある安息日、折から礼拝担当のために高速バスで会津若松へ向かっていたときでした。磐梯山の中腹に大きく虹がかかっているのを目撃したのです。私たち信仰者たちにとって雲の中から現れた虹の意味するところは何でしょうか。それは一つ、聖句にはこう記されています。「雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める」(創世記9:16)
 私のささやかで地味な牧会の働きにも、確かにご自身を現し励まして下さる神様の恵みに感謝し、このたびの辞令を、信仰をもって受けさせていただいた次第です。私以外に、家内の律子、外苑中学二年の長女彩佳、神宮前小学校五年と一年の次女悠佳に三女祐佳の五人家族で騒々しい時もあろうかとは思いますが、まずはよろしくお願いいたします。敬愛する皆様とご一緒に、この素晴らしい東京中央教会を担っていくことができれば、こんな喜びはありません。



家庭会セミナーに反響続々!

 日野原先生をお迎えしての第5回家庭会セミナー(演題「人生の幕の引き方」)の盛況については、前号「原宿彩彩」欄に熊谷幸子さんがお書き下さったとおりですが、今回も、当日参加された多くの方から感想やお礼の言葉が寄せられています。その一部をご紹介します。[★印=編集部インタビュー ◆印=便り・寄稿]

★理想的なモデルです
鈴木良子(八王子教会)
 先生は輝いていらっしゃる。しっかりと地に足のついた信仰をお持ちの大先輩。仰ぎ見るような、理想的なモデルです。じつは、石原慎太郎さんとの対談などを拝見して、きっぱりと、先輩として助言されるお姿に頼もしさと厳しさを感じましたが、さらに今日お話を拝聴して、すばらしく柔軟な広い考えをお持ちの方だと強く感じました。何事も柔らかく包み込むように受け止め、しかも、好奇心旺盛で大切な事柄には積極的に関わってゆく。素敵ですね。また、こういう催しをおやりになれる中央教会のお力もすごいと思います。

★「与える」ことの大切さを教わりました
渡辺みよ子(一般参加)
 参加してよかった。「与える」ことの大切さを教えていただきました。元気が湧いてくるようなお話でした。次回もぜひ参加したい。小塩節先生が有益なお話をして下さることをよく知っています。

★長寿のすばらしさ
池上麻衣子(当教会で聖書研究中)
 いちばん印象に残ったのは、長く生きることのすばらしさ、ということです。長生きすると学ぶことも多いのですね。

◆若々しさとゆとり、笑顔が素敵!
多摩永山教会員
 夫の父(ピアノ調律師でした)が去年93歳9か月で亡くなりました。とても元気でしっかりした父でしたが、日野原先生には脱帽です。クリスチャンとしての信仰の裏付けがあっての自信と向上心と、大きく深く豊かなお心。目的があって生かされ、まだまだなすべきことがあるとの若々しい思い、決意にあふれ、ゆとりを感じさせられました。笑顔が本当に素敵! 私たちも主を見上げて、たゆまずゴール目ざして進めば少しは近づけるのでしょうと願いつつ、帰途につきました。心豊かな時間を共有できたことを感謝します。

◆勇気と気力を頂きました
南美穂(渋谷区広尾)
 以前から日野原先生のお話を直接伺えればと思っておりました。ユーモアあふれるお元気な先生から、沢山の勇気と気力を頂いて戻って参りました。教会の皆様もご親切な方ばかりで、気持ち良い午後を過させて頂きました。

◆よい企画を有難うございました
大滝功(横浜教会牧師)
 横浜教会からも、数名は朝から、昼からはもっと多くの教会員が参加しました。大変嬉しかったようで、感謝していました。よい企画を有難うございました。

◆思いがけず友人が家族連れで
東京中央教会員
 友人は、家族連れ五人で参加してくれました(他の宗教を持っている人なので、まさか来てくれるとは思ってもいませんでした)。日野原先生のお力が、そして神様が、宗教の壁をも取り払って下さったのでしょうか。
 私も奉仕できる機会を与えて頂き、感謝しております。

◆大きな祝福
板東洋三郎(前・東京中央教会牧師)
 あれ丈高名な方が気さくな方でおどろきました。家庭会の一連のセミナーは大きな祝福でした。主よりの労いがスタッフの皆様の上にありますように。



「バプテスマおめでとうございます」

「私の履歴書」伊藤 博信

 去る三月十五日に板東先生から洗礼を授かり、教会員の皆さんにお祝いの会をして頂きまして、ありがとうございました。先生には、親しく、しかし厳しく教えて頂きました。また、温かく仲間に加えてくださいましてありがとうございます。教会に来始めて十数年越しの受洗でしたから、それが適って喜んでいます。
 私は、第二次世界大戦が始まった年の翌年に、滋賀県の長浜で生まれ育ちました。郷里は商業的色彩が強く、村の殆どの家が浄土真宗の檀家という土地柄でしたから、キリスト教との出会いは殆どありませんでした。高校卒業後、上京して東京の伯父の店でアルバイトをしながら大学を卒業し、父親が郷里で商っていた商売を東京で始めました。
 息子と娘を一人ずつ授かりましたが、息子が高校に入学した時に不治の病にかかり、すがるような思いでキリスト教の本を読み漁り、教会に行くようになりました。そんなある日、私が病院のベンチで息子の喘ぐ声を聞いていますと、私の目の前でベッド上の息子の姿が十字架上のイエス様にかわっていました。その時は驚きと畏れで息が止まりそうでしたが、私自身の体が急に軽くなり、イエス様が重荷を担ってくださったと思いました。その時の記憶が私の深層心理の中にあるのでしょうか、それ以来、イエス様の愛から離れられません。悲しい思い出と結びついていますが、私の信仰のルーツです。
 その後、妻の公子と東京中央教会で鴨田先生の司式で結ばれ、娘と猫たちとの家庭を持ちましたが、娘も嫁いで孫も出来ました。今の私の希望は自分の生活と気持ちをもっと神様に委ねられるようになりたいことと、遅ればせながら教課を勉強したいこと、中央教会の皆さんと親しくなりたいことです。よろしくお願いします。

「バプテスマの祝福」大森 千歳

 私の中高校生時代の愛読書は、アンドレ・ジイドの『狭き門』『一粒の麦』、トルストイの『生きる道』、キェルケゴールの『愛は多くの罪を覆う』『ラザロの復活』『死に至る病』等々でした。絵画は、ユトリロの教会のある風景画が一番好きでした。音楽に関しても、クラシックなものほど、宗教、特にキリスト教が背景に根強く息づいていることを痛感しておりました。
 その頃奇しくも突然、家族三人が大病に襲われました。私は真剣に神様にお祈りを捧げました、「神様! 本当にいらっしゃるのでしたら、今私に力を与えて下さい!」 すると、太い雷の柱が目の前にあった三面鏡が真二つに割れるように、「私は此処に居ますよ!」という力強い神様のみ声が頭上から聞こえ、私は全身全霊が震い立つほど奇跡的な衝撃を受けました。そして神様のインスピレーションによって本当の教会を選びたいと念じ、東京中央教会に導かれました。
 エルドリッジ牧師(1950〜58当教会)は、公私共に、まるで父親のように面倒を見て下さいました。日本三育学院で聖書を学びつつ、中高校生の家庭科教師をしながら学生教師として神学部で学べるようにと御配慮下さり、学資金も送って下さいました。当時千葉県楢葉の小高い丘の上にあり、緑の芝生と桜の花の季節には夢のよう美しい学園の光景が、神様の恵みの豊かさと共に心に甦ってきます。その後、私にとりまして必要な様々な試練を経て、懐かしい中央教会に再び戻り、このたび新しい気持ちでバプテスマを受けました。「いさおなき我を 血をもて贖い イエス招き給う み許にわれゆく」で始まる、讃美歌271番の歌詞は今も耳から離れません。板東先生が贈って下さった聖句「主はみずからあなたに先立って行き、またあなたと共におり、あなたを見放さず、見捨てないであろう。恐れてはならない、おののいてはならない」(申命記31:8)も、生涯、忘れることはないでしょう。
 私は、医師から「C型肝炎で肝硬変も末期です」と宣告を受けてから、この難病に対して大変な恐れを抱いていましたが、生きる折も死ぬ折も神様が共にいて下さり御旨のままにお導き下さることを信じ、安らかに過ごすことができるようになりました。バプテスマの素晴らしさに感謝の念で一杯です。

「聖句と私」茂木 加織

 主の前に清く邪れのない信心とは困っている孤児ややもめを見舞い、自らは世のよごれに染まず、清く保つことである。(ヤコブ1章27節)
 主は、祈り求めている時、いつでも御言葉によって、励まし、なぐさめ、愛を与えて下さる。たくさんの御言葉を時に応じて愛により示して下さったが、なかでもこれからの道を照らして下さった言葉がヤコブ1章27節だった。何も出来なくて小さな弱い私が神様に用いられるという、弱さの上に主の強さをという大胆な御言葉はまだまだ弱腰の、自信のない私をやさしく後押ししてくれた。何も大層なことをするのではなく、神様の愛を必要とする子供に、主に愛されているということを身をもって少しでも伝えられたら、と自然に思えたことが不思議だった。そうか、このことを神様は望んでおられるのだ、だから私は毎日生かされているのだ、と思えた。これからどのようになるかは主のみぞ知ることだけれども、私は私に与えて下さった働きのために、日々守られ、愛され、生かされていることは確かだ。全てを主に捧げ、感謝をもって生きたいと強く思わされた私の大好きな御言葉だ。



原宿彩彩

●「世界婦人讃美と祈りの会」(4/5)
 例年3月に計画されている「世界婦人讃美と祈りの会」は、今年は4月の第一週に行われました。TICの女性伝道部が中心となって、東アフリカ・アフリカインド洋・北アメリカの各支部と東京中央教会日本語部・国際部、世界の、それぞれの祈りの必要を確認して、讃美と祈りで構成された楽しいひとときでした。日本からの特別讃美歌は着任早々の長池先生がご家族で歌ってくださって、ちょうど良いご紹介の機会ともなりました。聖書暗唱聖章大会の折、いつも英語で暗唱なさる樋口恵美子姉が、今回は日本の教会を代表して英語でお祈りしてくださいました。季節柄、桜の小紋の和服でびしっときまってとても素敵でした。ただ、日本人の参加があまり多くなかったのがちょっと残念でした。(横山絢子)

●『子供夏期聖書学校(VBS)』の準備始まる
 7月27日(日)〜29日(火)の三日間です。8:30〜13:00まで。昼食・おやつ付き。中一日は代々木公園でピクニック。宿泊なし。
 毎安息日、子供伝道にたずさわらせていただいております教師達が、責任をもって準備に当たらさせていただきます。中等科生徒達もジュニア・アシスタントとして参加いたします。今年も30名の子供が与えられますよう、お祈り下さい。なお、「2003年VBS便り」を、順次、礼拝堂入口掲示板に発表させていただきます。ご協力をよろしくお願いいたします。ご質問、ご提案等ございましたら、どんなことでも結構です。ご連絡下さい。お待ちしております。(田村尚子)

◎第6回家庭会セミナーのお知らせ
■講師:小塩節先生 ●演題「天への捧げもの 音楽」 ●5月10日(土)14:30〜約1時間 ●於当教会礼拝堂



俳句

桃の花日毎に紅のほほえみて(熊谷 愛)
やよいまで病みぬく吾子に胸痛し
  上の二句は、熊谷幸子さんのお母様八十一歳の時の御遺作です。幸子さんが癌でご入院の折の作と伺いました。どんなにか御心痛のほど、娘持つ身には泌々伝わってきます。(茂子)

奥久慈の日曜画家の若葉かな(保夫)

恙なく齢重ねをり若葉風(茂子)



バイブル豆事典 ◆弟子シリーズ◆

主役ではないが、「渋いヤツ」- アンデレ

 1995年にビリー・グラハム・クルセードが東京で行われた時、各教団教派で合言葉のようにしきりに勧めていたのが「アンデレ伝道」というものでした。アンデレがイエスに出会った後、彼は兄のペテロにキリストを紹介したのです。つまり「ひとりがひとりをキリストへ」という伝道のスタイルの原型がここにあったのです。
 十二弟子の中にはおよそ三つのグループがあったようです。その中の一つが、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、それにアンデレの4人でした。アンデレ以外の3人はいずれも個性の強烈な人たちでした。この3人にまじっては、アンデレはいかにも平凡な人間に思えます。変貌の山の時も、会堂司の娘を甦らされた時も、3人の名前は出ていますが、アンデレは出てきません。ヨハネと共に「最初の弟子」の一人でありながら、ずっと「あのペテロの弟」で過ごしたのです。
 実際アンデレは、縁の下の力持ちのような役割を果たしていたようです。それを使命と信じて、忠実に目立たない働きをして、人を羨んだり、妬むことのない、真実に愛の人でした。穏やかで控えめな男でした。ちなみにアンデレとは、「男らしい」という意味です。主役ではないが渋いヤツ、という感じだったのでしょう。
 私はこのアンデレの生き方を尊敬します。何よりも彼のこの謙遜は、人を漁る漁師であるクリスチャンには必要な徳性です。彼はギリシャで殉教しました。彼の十字架はX型でした。兄のペテロ同様、イエスと同じ十字架では畏れおおいという理由でした。十字架上で二日間生きていたアンデレは、苦しみにあえぎながら、見物人に福音のメッセージを語り続けたといいます。(東京中央教会副牧師・花田憲彦)



ED園だより

 かつてダニエルらがユダから捕囚として連れて来られたバビロンは、ネブカデネザル王栄華の極みに、世界の七大不思議のひとつ「空中庭園」が造営されたところだ。幾多の年月を経て21世紀のバグダッドの大統領宮殿は、アメリカ軍の空爆によって破壊された。形あるものは壊れる。剣によって立つ者は、また剣によって倒れる。いつまでも存続する愛のため、「自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ」の御言葉がこの時代、一層深く心に染み入る。(Yo)


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